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東京高等裁判所 昭和26年(う)6140号 判決 1952年6月10日

控訴人 原審弁護人

被告人 李博

弁護人 小沢茂

検察官 軽部武関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、末尾に添付した弁護人小沢茂の控訴趣意書のとおりである。

第二点について

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、憲法の保証するところであり(日本国憲法第二一条第一項)、従つて集団行進、集団示威運動等の団体行動の自由も、また、憲法によつて、保証されていることは、論旨の指摘するとおりであるが、他面、憲法は、基本的人権について、これを濫用してはならないものとし、又常に公共の福祉のためにこれを利用すべきものとし、且つ公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政上、最大の尊重を必要とすべきものとしている(同法第十二条、第十三条)のであるから、憲法が保障する表現といえども、公共の福祉のために必要且つやむを得ない限度においては、これを制限することが許されるものといわなければならない。ところで、昭和二十五年七月三日、東京都条例第四十四条「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」第一条は、学生、生徒その他の遠足、修学旅行、体育、競技及び通常の冠婚葬祭等慣例による行事を除き、道路その他公共の場所で集会若しくは集団行進を行おうとするとき、又は場所のいかんを問わず集団示威運動を行おうとするときは、公安委員会の許可を受けなければならないものとしているが、集会又は集団行進は、道路その他公共の場所で行われる場合に又集団示威運動は、その性質上、場所のいかんを問わず、往々にして所謂群衆心理に駆られ、ややもすれば自由の濫用に陷り、延いては公共の福祉を侵害するところから、公安委員会の許可を要するものとしたものであり、なお、右以外の団体行動については、別段に許可等を受ける必要はないことになつており、又同条例第三条は、公安委員会は、許可申請があつたときは、集金、集団行進又は集団示威運動の実施が、公共の安寧を保持する上に、直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならないものとし、但し、許可には、官公庁の事務の妨害防止に関する事項、じゆう器、きよう器その他危険物携帯の制限等危害防止に関する事項、交通秩序維持に関する事項、集金、集団行進又は集団示威運動の秩序保持に関する事項、夜間の靜ひつ保持に関する事項及び公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項に関し、必要な条件をつけることができるものとし、なお、公共の安寧を保持するため緊急の必要があると明らかに認められるに至つたときは、その許可を取り消し、又は条件を変更することができるものとしているのであつて、公安委員会は、許可申請に対しては、公安の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合に限り、これを許可しないことができ、許可の条件としては、公共の福祉のために必要な最少限度と思われる同条第一項各号に列挙した事項に限り、条件をつけることができ、許可の取消又は条件の変更については、公共の安寧を保持するため、緊急の必要があると明らかに認められるに至つた場合の外は、これを取り消し又は変更することができないことになるのであるが、右両法条に同条第五条及び第六条の規定をあわせて考えれば、結局右条例は、集会、集団行進及び集団示威運動を行うについては、公安委員会の許可を受けなければならないものの、公安委員会としては、公共の福祉のため必要且つやむを得ないと認められる場合でなければ、許可の申請を不許可とし、又は許可を取り消すことができず、又許可に条件をつけ、又はその許可を変更することができないのであるから、右条例による制限は公共の福祉のため、必要且つやむを得ない限度を逸脱したものとは考えられないから、右条例は、憲法の条項に違反した違法のものとは認められない。

次に、右条例第四条が、警察長は、公安委員会の許可を受けないで行われた集会、集団行進、又は集団示威運動の参加者に対して、公共の秩序を保持するため、警告を発し、その行為を制止し、その他その違反行為を是正するにつき、必要な限度において、所要の措置をとることができるものとしていること、及び同条のいう警察長とは警視総監であるが、本件において、荒川警察署勤務巡査根本梅之助に対し、本件集団示威運動の制止を命じたのは荒川警察署長であつたことはいずれも論旨の指摘するとおりであるが、原審証人石田昇の証言によれば、右条例第四条が規定した警察長である警視総監の権限は、通牒により、緊急の場合には警察署長においてこれを行使できることに委任されていることが明らかであり、又警察法によれば警察長は部下の職員を指揮監督し、警察署長は上司の指揮監督を受けて、管轄区域内における警察事務を執行し、部下の職員を指揮監督する関係にあり、なお警察長が右条例第四条の権限を部下である警察署長に委任することを禁すべき理由は何ひとつないから、右委任を違法又は無効とする理由はない。

従つて、右条例が憲法の条項に違反した無効のものであり、且つ荒川警察署長の命令が違法又は無効のものであることを前提として、前記根本梅之助が本件集団示威行進を制止した行為が公務の執行に当らないと主張する論旨は理由がない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

(裁判長判事 中村光三 判事 河本文夫 判事 鈴木重光)

控訴趣意

第二点法令の適用の違法

一、原判決は被告人の行為を公務執行妨害罪に該当するものと認定したのであるから、根本巡査の制止が公務であることを認定していること勿論である。この公務たる所以は、荒川警察署長の命令が合法的であることを前提としなければならない。この命令が東京都の「集会集団行進及び集団示威運動に関する条例」に基くものであることは原審証人鬼沢栄、石田昇の証言によつて明である。しかしながら右の東京都条例は憲法に違反して無効であり、無効なる条例に基く荒川警察署長の命令も亦無効である。

二、憲法第二一条は集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由を国民の基本的人権として保証する同法第二八条は勤労者の団体行動する権利を同様に保証する。現下の状況に於ては右の勤労者とは勤労によつて生活する国民一般を包含するものと解釈すべきであるが、仮に勤労者の範囲につき疑義ありとするも、憲法第二一条の「その他一切の表現」とは団体行動による表現をも包含することは当然であるから、国民が集会は勿論、集団示威運動による表現の自由を基本的人権として保障されていることは今更説明する迄もない。

憲法第十章は最高法規を規定しているが第九七条は国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及将来の国民に対する侵すことのできない永久の権利として信託されたものであることを、第九八条は憲法は国の最高法規であり、その条規に反する法律、命令、詔勅及国務に関するその他の行為はその効力を有しないことを第九九条は裁判官その他の公務員は憲法を尊重し擁護する義務を負うことを明にしている。しかるに前述の東京都条例は第一条に於て、国民の基本的人権である、集会、集団行進、集団示威運動を、原則として公安委員会の許可を要するものとし、第二条に於て許可を得るに際しての面倒な手続を規定し、第三条に於て公安委員会に一定の場合に許可しないか又は制限し或は許可を取消し制限条件を変更する権限を附与し、第四条に於て警察長に同条例に違反した集会、集団行進、集団示威運動に警告を発し、その行為を制止しその他違反行為を是正するに必要な限度において所要の措置をとることができる権限を附与した。この条例は憲法によつて保障された基本的人権の剥奪制限であり憲法第二一条、第二八条、第九七条に違反し、第九八条によつて無効であることは明白である。

三、前記東京都条例第四条に規定する「警察長」とは警視総監に非ざる警察署長が命令したものである。原審証人石田昇の証言によれば、緊急の場合は署長が警視総監の権限を行使できるよう委任されている趣旨の供述をなしているが、かかる警視総監より署長宛の通達なるものは前記東京都条例第四条の規定自身に違反しているものである。

四、右の如く前記東京都条例は憲法に違反して無効であり、更に無効なる都条例の規定よりしても署長の解散命令なるものは無意味なものである。しかるに原判決は右東京都条例を誤り解釈して違憲ならずして合法的なものとし無意味なる署長の命令を適法なるものとして、根本巡査の制止を適法なる公務と認定したものである。これは法令の適用の誤りであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明であるから原判決は破棄さるべきものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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